www.woodpecker.me 更新日=2008-12-4

 ■写真撮影

主要更新
◇'08-12-4: 「写真撮影」分離
初期の撮影機材  2000年を過ぎてから、急速にデジタル一眼レフ(デジイチ)の市場が立ち上がってきた。かなりの絵を出すデジイチがサラリーマンでも手の届く値段に降りてきたことによる。600万画素のAPS-C型撮像素子で、20万円を切る処まできた。2003年夏、ペンタックスから発表された*istDを手にとって見ると、私もいよいよ購入したい衝動に駆られた。ペンタックスは早い時期にデジイチのモデルを発表していたのだが、高価な撮像素子のために一時発売を断念していた。この空白が長かったため、市場参入ではニコン、キャノンの後塵を拝することになる。

  *istDと同価格帯の他社のモデルを比べたら、ほとんどあらゆる点で*istDが勝ると評価し、あまり迷わずに決めた。評価点は、質感、ファインダー、大きさ・重さ、単三電池電源、シャッター音などである。今の若い人達はペンタックスのブランド力を評価しないが、中年は1960年代に最も売れた一眼レフはPentax SPだったし、現にカメラ雑誌の入賞写真の中で最も使われていたのがペンタックスだった事を知っている。大衆路線を開拓したという意味では、ニコン、キャノンよりブランド力は上だった。

  ただ、経済的に余裕のある層が増えてきた70年代、80年代、スクリューマウントからバヨネットに移行するのが遅れたこともあり、高級化路線を歩まなかったペンタックスは徐々にシェアーを落としていった。ミノルタにも抜かれたのではないだろうか。現にペンタックスにあこがれていたにもかかわらず、私が最初に買った一眼レフはミノルタSR-7であった。交換レンズもサードパーティーのレンズを一本買っただけで、カメラ趣味にはのめり込まなかった。その後、父のオリンパスM-1を借り受け、35mm、50mm、100mmの三本で時々家族や旅行写真を撮影していた。

  したがって、手持ちレンズを活かすにはオリンパスを買うのが順当なのだが、オリンパスはフォーサーズという、より小さな撮像素子のシステムを提唱したため、断念した。初期のフォーサーズは撮像素子が小さいにもかかわらず、カメラ本体は大きかったし、かつ高価であった。トンネルの入り口から遠くの出口を覗くような小さなファインダーも気持ちを萎えさせる。小さな撮像素子で高解像を得るためには、それより大きなシステムよりむしろ解像度の優れたレンズが必要であり、かえって高価になったことも誤算であったに違いない。撮像素子の低価格化トレンドを読み違えたのだろうか。最近マイクロフォーサーズという小さな撮像素子のメリットを活かしたシステムをパナソニックとともに推進しているので、市場に受け入れられてほしいものである。

 このような経緯の下、たぶん記憶に刷り込まれていたであろう憧れも後押ししてペンタックスを選んだ。この*istDを選んだことにより、その後中古のフィルムカメラをいくつか購入した。LX, SP, MZ-3, MXなどである。とくにSPはあらゆるカメラの中で、Leica M3と並んで美しい筐体の双璧と思っているので、もう撮影できない二束三文の個体の空シャッターを切ったりして楽しんでいる。

<Pentax *istD中心のシステム> 2006年5月現在

FA*24mm/F2、FA43mm/F1.9Limited、FA*85mm/F1.4、FA*200mm/F2.8、FA24-90mm/F3.5-5.6、DA16-45mm/F4、M40mm/F2.8、M50mm/F1.4、M80-200mm/F4.5、500mm/F4.5
(M50mm/F1.4とM80-200mm/F4.5はジャンク品でそれぞれ1200円と1500円。写りは当時でも評判の高かったもので、現在の最先端のレンズにひけをとらない。撮影写真の画質を落とすような不良は見あたらず、文字通りの掘り出し物)<2006-10-29更新>
■学生時代に少しかじった写真の楽しみがデジタル一眼レフの登場によって再燃。現像やプリントが自分で自由にこなせるので楽しみも倍増以上に倍々増。コスト/パフォーマンス上、かってアマチュアのベストカメラといわれたPentaxでシステムを構築。1本を除き、すべて中古レンズだがすばらしい描写をほこるモデルで統一。これでまともな写真がとれなかったらすべて腕のせい。それにしても500mmは全く使いこなせていない。

■*istDが出てから新規ユーザーが一斉に中古レンズを買い始めたようだ。人気商品はほとんど店頭から姿を消し、たまに出てくると新品の80%以上の価格がついていることもある。M40mm/F2.8パンケーキレンズなんて、新品正価の2倍近いプレミヤ品ですぞ。 写真を再び撮りだした動機  学生時代に少し写真に興味を持って、ミノルタの一眼レフSR-7を手に入れた。でも、時間も金も余裕がなかったから、趣味といえるまでにはのめり込まなかった。その後、父の標準50mm/F1.7レンズ付きオリンパスM-1と105mmを借りて、スタンフォード大学留学中にアメリカ旅行の写真を撮っていた。ただ、作品を撮るという意識はまるでなかった。

 その30年後、大学に勤めるようになってから、また写真に興味が出てきた。海外出張した折、暇を見つけると大忙しで写真を撮り始めた。それでも作品を撮るという意識はまるでなくて、ひたすらきれいな景色と町の人々を記録として撮り始めた。2003年にデジタル一眼レフを使うようになって、さらに気を入れ始めたが、作品と言うにはほど遠い。 研鑽、研鑽、研鑽!! 悩み多き題材  カメラはシャッターを押せば写る。プロと並んで、同じ機材、同じスペックで同時にシャッターを押せば、微妙な差こそあれ、そこそこ同じようなものができる。ゴッホやピカソの絵を今日画筆を握った素人がまねしても似ても似つかないものなるだろう。ここに写真と絵画の大きな違いの一つがある。ここでのプロとアマの差はどんな題材を選択したかで決まってくる。

 写真写りが良い有名な場所や季節にはそれこそ多くのカメラマンが集まる。アングルや視点を変えてもなかなかユニークな写真は撮れない。それでもなお差は生じるから、研鑽を積んでいけば、良い写真には近づいていける可能性はあるのだが、おおきく飛躍できる気がしない。

 今年の6月、友人に連れられて、新潟県の有名な棚田、松之山に行ってきた。多くのの作品が発表されているから、まさに手あかのついた題材なのだが、うまいプロと私のような駆け出しアマとの差は当然あるが、写真に興味のないものが見たら決定的な差ではないだろう。写真の難しさ、怖さはここにあると思う。

 上手なアマチュアはこのような葛藤を経て、自分なりのユニークな題材を選んできたに違いない。全国の滝を、多分1秒以上程度の露光で撮っているアマチュアの展示会を見た。はげしく流れている滝だから、1秒ではほとんど白い、あるいは少し色のついた帯状の糸になる。それはそれで面白いのだが、苦労の割に何が得られたのだろうか。

 私は旅行で、ごみ箱、マンホール、窓、消火栓、郵便ポスト、公衆電話などを気の向くまま撮ってきた。これとても、周囲状況とのコラボレーションをうまくすれば作品となりうるかもしれない。最近知ったのだが、日本には「マンホール研究会」なるものさえあるそうである。私の眼の付けどころもまんざらではないと思う一方、それが何なのだとも思う。

 いまは葛藤の日々だ。やはり沢山撮るしかないのだろうか。手あかのついた題材でも、練習台としてはありうるかもしれない。悩み多きこの頃である。 (2009年8月記)


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