www.woodpecker.me 更新日=2016-7-20
エサやりがクマを殺す  2016年7月に12日間をかけて北海道を観光旅行した。知床クルーズでは野生の熊の親子を見かけたし、カムイワッカ湯の滝に向かう砂利道では、親子のシカが道をふさぐ。また、阿寒湖周辺では、数十メートル先の車道上にいたキタキツネが、轢くのを恐れて止めた私の車に手を伸ばせば触れるほどの距離まで近づいてきた。エサをねだる風である。そんなこんなで野生動物との関わり合いをいやでも考えざるを得ない体験をした。
 なかでも知床財団が発行している葉書に表題の報告があった。いたく賛同する内容なのでここに転載する。財団の転載許可は得ていないが、趣旨からして許してもらえると考えている。

 


ソーセージの悲しい最期
 コードネーム97B-5、またの名はソーセージ。初めて出会ったのは1997年秋、彼女は母親からはなれ独立したばかりだった。翌年の夏、彼女はたくさんの車が行きかう国立公園入口近くに姿を現すようになった。その後すぐ、とんでもない知らせが飛び込んできた。観光客が彼女にソーセージを投げ与えていたというのだ。それからの彼女は同じクマとは思えないほどすっかり変わってしまった。人や車は警戒する対象から、食べ物を連想させる対象に変わり、彼女はしつこく道路沿いに姿を見せるようになった。そのたびに見物の車列ができ、彼女はますます人に慣れていった。

 我々はこれがとても危険な兆候だと感じていた。 かつて北米の国立公園では、餌付けられたクマが悲惨な人身事故を起こしてきた歴史があることを知っていたからだ。我々は彼女を必死に追い払い続け、厳しくお仕置きした。人に近づくなと学習させようとしたのだ。しかし、彼女はのんびりと出歩き続けた。

 翌春、ついに彼女は市街地にまで入り込むようになった。のんきに歩き回るばかりだが、人にばったり出会ったら何が起こるかわからない。そしてある朝、彼女は小学校のそばでシカの死体を食べはじめた。もはや決断の時だった。子供たちの通学が始まる前にすべてを終わらせなければならない。私は近づきながら弾丸を装填した。スコープの中の彼女は、一瞬、あっ、というような表情を見せた。そして、たたきつける激しい発射音。ライフル弾の恐ろしい力。彼女はもうほとんど動くことができなかった。瞳の輝きはみるみるうちに失われていった。

 彼女は知床の森に生まれ、またその土に戻って行くはずだった。それが、たった1本のソーセージで狂いはじめた。何気ない気持ちの餌やりだったかもしれない。けれどもそれが多くの人を危険に陥れ、失われなくてもよかった命を奪うことになることを、よく考えてほしい。(想定される転記ミスを除けば原文のまま)
<2016年7月20日記>  

撮影場所の記載  珍鳥が現れると多くのバーダーやカメラマンが殺到し、その地域の住民や商業活動に迷惑をかけることを見聞きしている。多くは、都市の中やその近郊で、比較的簡単に人が集まることができる処が多い。また、野鳥に必要以上に接近して渡去させてしまう例もよく聞く。バーダーに有名なさるブログでは、そのような野鳥の場合、渡去した後にネットに記載したり、場所も都道府県までに限定している。ブログを見て駆けつけてもそこにその珍鳥はいない。

 私も時折そのような珍鳥情報を得るが、撮影場所は特定できないように市レベルまで拡大している。しかしそれでもなお居ると判れば情報を検索する動きを誘発するので潔しとしない意見もある。

 したがって、カメラマンが殺到することが予想されるような珍鳥の場合には、今後、北海道、東北、関東、甲信越、東海、近畿、中国、四国、九州レベルの地域に拡大して記載することにした。ただし、たとえば青森県に沖縄の鳥が来ればその場所は貴重な情報でもあるので、何ヶ月後には都道府県レベルまで縮小して再記載することにする。
   <2012年12月30日記>

傷ついた野鳥  自然の中で傷ついた野鳥は、野生動物保護の一環で治療したりする場合もあるが、手を触れずにそのままにしておくのが原則という説もある。治療しても再び自然の中で生き延びることができるまで回復するとは限らないが、心情的に庇護したい気持ちもある。釣り糸に絡まったとか、流出した重油にまみれたとか、人為的な事故では人間には治療する義務があろうか。

  また、巣から落ちた雛はそのままにしておくというのも野鳥の世界では常識である。人間が手を触れた雛は親が面倒をみない例があると聴くが、巣に戻すほうがよい場合もあるであろう。素人にその判断は難しい。昨日、富士山・奥庭で自分自身の判断を迫られる小さな出来事があった。以下はその顛末記である。

 このウソの雄は目の前の小さな水たまりで水浴びした後、小屋の陰に隠れるように横に飛んだ。そちらに行ってみると、おどろいたことに小道の上で、2,3回のたうち回ったかと思うと全く動かなくなった。まるで死を迎えているようだった。目をゆっくり閉じたり開けたりしている。手が触れるほど近寄っても全く動かない。野鳥としては異常な状態である。車や人が頻繁に行き交うところなのでこのままでは車にひかれかねない。せめて脇の木の枝に載せようと手に取ったが少しも動かず、まるで愛玩鳥のようにおとなしく手の上に載せられるままになっている。私の指はウソの体に触れてはいないが、かなり温かい熱を感じた。人間の体温よりは高いようである。

 下の写真はその光景を撮ったものである。枝の上に載せてから10分もたっただろうか、この雄はポトッと枝から真下のこけの上に落ちた。「ああ最後を迎えたか?」と近寄ると、突然元気に飛び上がって藪の中に飛んで消えていった。ホッとした瞬間である。あの瀕死に感じられたのは単なる一時的な気絶状態だったのであろう。

私の手に載っているウソ<友人KK氏撮影> 枝に留まらせたウソ
<2011年8月2日記>    


当該探鳥地のネット記載  舳倉島で撮影した鳥の居場所を"舳倉島"とこのウェブ頁に記載することに多少のためらいがあった。それというのも、近年珍鳥が現れると多くのバーダーやカメラマンが殺到し、その地域の住民や商業活動に迷惑をかけることを見聞きしているからである。多くは、都市の中やその近郊で、比較的簡単に人が集まることができる処が多い。

 舳倉島に滞在中、この懸念をベテランカメラマンにぶつけてみた。案に相違して「ネット掲載問題なし」という人達が大半であった。理由は、舳倉島があまりに有名な探鳥地でありいまさら隠す必要がない、かつ閉じられた特殊な環境にあることによる。一日一往復の船は定員119名であり、しばしば欠航する。宿は二軒の民宿のみで、最多でも百数十人しか収容できない。殺到しようにも人数が限られる。
 また、ここの渡り鳥は島に入ってから二、三日で抜けることが多く、たとえそれが最新情報であり、即応しようとしても遅かりしという状況になる。それを知っている人達はあわてふためいて来訪するということがない。

 というような理由で、掲載することにした。私が滞在している10日間で、レベル4の鳥は、カラアカハラ、カラフトムシクイ、ムジセッカ、レベル3はヤツガシラ、 ムネアカタヒバリ、コマドリ、コジュリン、ホシムクドリ、シロハラホオジロ、キマユホオジロ、オオハシシギ などであり、本土だったら人が殺到するだろう。とくにヤツガシラは垂涎の的である。これらの野鳥がいたからといって、そのために来た人はわずかだあろうと推定する。私の帰り際、港でアメリカ人とおぼしきカメラマンから、「ヤツガシラはいるか?」と質問を受けた。彼はその一人だったかもしれないが、船が何日も欠航したので好機は逸したようである。   <2011年5月11日記>


"バード・ウォッチングにのめり込むと人生を棒に振る!?"  博多湾の瑞梅寺川河口に延々とコンクリートの防潮堤が伸びている。その上でぽつんと私一人、100m先の中州にいる20羽程度のクロツラヘラサギの中にヘラサギを探していた。そこへフィールドスコープを抱えた私と同じぐらいの年配のバーダーがやってきたので、こちらから話しかけていろいろ聞いた。「ヘラサギはいるのかどうか、トモエガモやツクシガモはいるのだろうか....」などなど。普段は口数の少ない私もこと探鳥になると饒舌になる。

  そのうち、その方が私の顔を見ながらポロッと言った。
彼:「(バード・ウォッチングに) のめり込むと、人生を棒に振るよ.......」......突然のご宣択に私はどぎまぎ。一呼吸おいて、
私:「もう完全にリタイアしたもので.......」....... なんでそんな言い訳をしなけりゃならないんだ........
彼:「そうか、それなら.......」 双方しばらく無言。 トモエガモを探して貰うべく話題を変えた。

 そのバーダーは真っ白な1cmぐらいの長さの無精ひげを顔中にはやしてはいるが、顔つやは良い。ニコンの口径65mm程度の今となっては小さいフィールドスコープを、昔の大型カメラの三脚の上に載せている。結構やれていて使い込んだことが分かる。また、手で握っている為か三脚の一本は広い範囲で完全に塗料がすりへって、アルミらしき地肌がテカテカになっている。何十年も毎日使い込んだような代物だった。固定には役に立ちそうもないのに、ガムテープがヒンジの一つに貼ってあった。理由は聞かなかったが、固定のためではないだろう。
 一見不細工に見えるこの構成は実は最も理にかなっている。上に載せるものより三脚が重ければ重いほど安定するからである。とくに風の強い日などは抜群の威力を見せる。

 彼のはつらつとした物言いからして人生を棒に振ったようにはみえないが、半分自らに向けた言葉だったのだろうか。 私と言えば、迷彩色の帽子に、胸からは500mmの望遠を付けたカメラと双眼鏡を下げ、別に三脚の上には今入手できる最大級のフィールドスコープをつけ、必死に遠くを凝視している。まあ、こう言われるべき風体をしていたのだろうか。太陽がさんさんと照っている木曜日の正午ごろであった。働いている人は当然こんなところにはいない。
 
  別れてしばらくしたらその方が戻ってきて、「 トモエガモを探したから、このスコープを覗いてみろ」と奨める。300m以上先に、マガモより少し小さな個体が2羽いてそれがトモエガモだという。30倍のフィールドスコープをもってしても私には顔の巴模様は識別できなかった。写真が撮れる距離まで近づこうと歩きだしたら、まもなく周囲のマガモが飛び去ったのと一緒に消えた。ここで九州へ来た目的の一つが潰えた。

 その一日、多少気持ちが沈んだが、よくよく考えてみたら、
私:「私には棒に振るだけの人生が残されているのだろうか?
私:「もし残されているのなら、棒に振ってみるのもおもしろいのではないか」と思った。  
  <2010年12月4日記>


猛暑:「毛虫」被害報告(毎日新聞ネット情報より)  今年は到来する野鳥の数も特に少ないとベテランバーダー達から聞く。その原因の一つに、春先の寒冷な気候で野鳥の餌となる毛虫・芋虫類が少なかったことが挙げられている。この影響で今後長くその影響が続く恐れがある。餌が少ないと、ある種の親鳥は特定の雛に餌をやって、残りは餓死させるそうであるから、当然野鳥の数そのものも減少する。
そんなことを考えていたら、毎日新聞のネット情報で次のような記述があった。今年は猛暑のため毛虫の数が少なく、群馬県内で半減しているそうである。

 街路樹などの葉を食べ、多くの自治体が駆除の対象としている「アメリカシロヒトリ」の幼虫の被害報告が、猛暑で知られる群馬県内で今夏、ほぼ半減していることが分かった。専門家は猛暑で幼虫が発育障害を起こしたと推測しており、暑さは害虫にも大きなダメージを与えたようだ。

 高崎市は、メスの性フェロモンを利用してオスのガを捕獲する「フェロモントラップ」を市内約100カ所の公園や街路樹に設置している。市によると、今夏、トラップにかかったガは、前年の約6割の4141匹(9月6日現在)にとどまった。 伊勢崎市でも、アメリカシロヒトリによる8月の被害発生報告は11件と前年(21件)に比べ半減。館林市や前橋市の担当者も「集計していないが、防除件数は例年の半分ぐらいだ」と口をそろえる。

 温暖化がアメリカシロヒトリに与える影響を研究している県立広島大の五味正志教授(生命システム科学)によると、1日の平均気温が27度を超えると幼虫に発育障害が起こり始め、さらに上昇すると致死率が高まるという。教授は「降雨や天敵の状況なども考慮しなければならないが、高温により幼虫が小さい段階でダメージを受け、樹木全体に広がるまで成長したものが少なかった可能性が高い」と推測している。
    <2010年10月1日記>

"バーダー"と"カメラマン"   この半年、"鳥見"を趣味としている多くの人達の意見や感想を聞いていると、どうも一口に"鳥見"といっても、さまざまなスタイルの間に、ある確執があることに気がついた。それは奇しくも下に分類した"鳥見"のスタイルに起因しているらしい。大きく分けると、写真を撮ることを目的としている人達と、鳥を眺めるだけ、あるいは調査する人達の間に、埋められない溝があることに気づく。後者の人達は前者を、バードウォッチャーでもなく、バーダーでもなく、"カメラマン"とよぶ。
 ここで後者を"バーダー"と呼ぶことにする。困ったことに、その溝はバーダーだけが一方的に感じているので互いに歩み寄ることが難しく、カメラマンに良識を期待するしかないのが、確執がなくならない原因であろう。

 確執の元凶は、 カメラマンの性癖に根ざしている。たぶんカメラマンの多くは、意識するとしないに拘わらず他人より良い、あるいは自分として納得のいく写真を撮りたいと思っているであろう。これが昂じると、"鳥見"のマナーを逸脱する人達が出てくる。他の人間や撮影対象物に迷惑をかける要素がある点で、商業写真とは異なる。決して多くはないが、事実次のような事例が挙げられている。

 1.自分が十分撮影したのち、その野鳥が出てくる場所の環境を破壊し、他人が写真を撮れないようにする。野鳥が隠れるのに必要な下草を刈り取ったり、周囲の木々の幹に白ペンキを塗って、まともな写真が撮れないようにする。 
 2.フクロウの営巣に夜中赤外線ランプを照射し、ここぞという時に強力なフラッシュを焚いて撮影する。自らは車の中から無線で遠隔操縦をする。飛び立つ瞬間を撮るために、巣のある大木をバットでたたく。
 3.営巣中の野鳥がよく見えるように、周囲の木々の枝を伐採する。
 4.以上は悪意のある容認できない所業であろうが、カメラマンが多く集まり特定の野鳥を観察すると、個々はルールを守ったとしても、人数の多さそのものが野鳥への圧力となり、神経質な種では営巣を放棄する例も報告されている。
 5.とくにグループで集まる人達はグループ内で声を潜めることなく無遠慮に会話をし、そのために野鳥が現れないことがある。
 6.野鳥の種類や環境によって異なるが、野鳥と人間の間にはある一定の距離が必要である。この距離を無視して近づくカメラマンがいる。当然野鳥は逃げ、他人の観察の機会を奪う。
 7.特に野鳥の営巣中は、かなりの距離を保ち、かつ観察時間も短くする必要があるが、これを無視する。ひどい場合は上記のように周囲環境を破壊する。
 8.公の土地の上に自分のシェルターを構築している。最も良い観察場所を私有しており、他人を入れない。

 これらの所業のもたらす結果は、静かに鳥を観察し、あるいは自然環境の中での野鳥の生態を調べる"バーダー"には当然大きな迷惑であるばかりでなく、周囲の環境と調査結果を人為的にゆがめる結果となる。バーダーがカメラマンを"天敵"と呼んでいることを最近知ったが、むべなるかなと思う。私もその"天敵"と思われている節の視線を感じたことがあった。謙虚に行動しなければならない。
 自分も、鳥見を始めた初期には野鳥と人間との距離がわからなくて、結果として無視してしまったのではないかと思う。でも結局それは自分の首を絞めることになり、長続きしない。
   <2010年7月記>

"鳥見"のスタイル   この半年、"鳥見"を趣味としている多くの人たちに会うに従い、そのスタイルは大まかに4つに分類できると思いだした。それらは、

 芸術派(作品指向) 鳥を含んだ風景写真が目的。野鳥と同程度、あるいはそれ以上の価値を背景に求めるが、野鳥への注意をそらし、野鳥を埋没するような背景は排除する。野鳥が写真の真ん中に大きくドンと居座るような”日の丸構図”は採らない。600あるいは500mm大口径レンズ、いわゆる”大砲”を運んでいる人の割合が相対的に多い。
 蒐集派(記録指向) 初見の野鳥を増やす、つまりライフリストを拡充することに血道を上げる。野鳥の記録としての価値があれば、背景にはそれほど頓着しない。図鑑的な典型的日の丸構図をいとわない。超々望遠のデジスコを主体にしている人の割合が芸術派よりは多い。
 学究派(調査主体) 地域の野鳥の分布を調べたり、飛来する渡り鳥の質と量を調査したりする。趣味としてではないが、学者はここに入るだろう。フィールドスコープを使用している割合が多く、大砲レンズを抱えている人は少ない。写真は記録としてのみ撮影する。
 純粋派(観察特化) 野に生活している野鳥を見ることを純粋に楽しむ。つきつめれば、野鳥の名前さえどうでも良い人もいる。双眼鏡かフィールドスコープのみ持参。はては肉眼だけの場合もある。相対的には欧米人に多い。

などであるが、人によっては各派の要素が混じった状態にある人もいるだろう。時と共に他のスタイルに移っていく人もいるだろう。私は、下記のレーダーチャートに示すように現在典型的な蒐集派である。

2010年の時点 <2010年5月記> 


良い写真を撮るためには 
 2009年11月にバードウォッチングにのめり込んでから早3ヶ月余り、気に入った写真も徐々に増えてきたが、撮影した全数のうち数十枚に一枚当たればよいほうである。いろいろ手持ちの機材も試してきたが、腕に依存して最適な機材も変わってくる。ここでいったん立ち止まって、良い写真が撮れる条件を考えてみた。

撮 影 条 件 好 条 件 悪 条 件 対 策

(1)
(2)
(3)
(4)
(5)
(6)
被写体までの距離
明るさ
光の照射方向
被写体の動き
機材の重量・体積
撮影技術
短い
明るい
順光
少ない
軽い・小さい
熟練
長い
暗い
逆光
激しい
重い・大きい
未熟
長焦点レンズ+一眼レフ、コンデジ・デジスコ
高感度・低雑音カメラ(ISO6400以上)
撮影時位置取り(ままならぬこと多し)
高ISO感度、短いシャッターラグ
短焦点レンズ、コンデジ・デジスコ
修練

  動きの少ない水鳥は開けた見通しの良い場所にいることが多く、都会の池などで半ば人間と共生しているような場合を除き、数10m以内に接近することは難しい。動きは少ないから比較的シャッターのタイムラグは長くて良く、焦点合わせもじっくりできるから、3000mm以上の焦点距離が比較的簡単に得られるデジスコ向きである。

 いっぽう、小さな山鳥は餌を探してしきりに動いている時には1秒としてじっとしていないので、ファインダーに捕らえることが難しく、焦点合わせも難しい。したがって、シャッターのタイムラグが短く、連写もできる一眼レフ+超望遠レンズが適している。
 私は山鳥の方が好きだから、600mm+1.4倍コンバーターを使っている。APS-Cフォーマットだから、35mm換算焦点距離は1285mmである。それでも、電車に乗って出かけるときにはこの大きさ・重さに躊躇するのである。

 そこで、より軽くかつ長焦点の1000mmミラーレンズを使うことを再考している。F11と暗いから、薄暗い林の中や曇りの日など、光学ファインダーでは焦点が合わせにくい。そこで、今はやりのマイクロフォーサーズの適用を考えている。電子ビューファインダー(EVF)だから外が暗くてもモニターには明るい像が表示される。フォーサーズは35mm換算で2倍となるから、2000mmレンズが手にはいるわけである。

 このシステムで想定される問題は、やはりシャッターのタイムラグとEVFの精度・追従速度である。ここぞと思ってシャッターを押しても、0.2秒も遅れればまともな写真にはならない。 コンパクトデジカメには、シャッターを押した時、その十分の何秒か前から記録されるモデルがでてきたから、これと同じ事ができるならマイクロフォーサーズがベストの選択になるに違いない。しばらくは市場動向を見つめていきたい。
  <2010-3-2記>
野鳥撮影開始の動機  もともと自然観察は大好きだった。高校から大学まで、趣味として一番のめり込んだのは蝶の蒐集である。蝶の生息場所を探すのには、幼虫が食する食樹や食草を知らねばならない。おのずと植物とその環境にも詳しくなる。蝶の採集はつきつめると”生きている昆虫を殺す”ことに外ならないから、昆虫採集家はいつか多かれ少なかれ疑問を持つようになる。そして、個体の採集からカメラによる撮影、”photo hunting"に向かう人たちも少なからずいた。

 バードウォッチングの楽しさはずっと横目で見ていた。蝶を蒐集することを第一としていたから、同じ「ちょう」でも鳥の方までは気が回らなかった。写真をやるようになり、様々な対象物を選んでいる段階で、「鳥観察と撮影」 --- バードウォッチングに向かうのはある意味必然かもしれない。 "photo bird hunting"とも言えようか。

 今年の12月、神田小川町のホビーズワールドへデジスコを見に行った。まだ、(一眼レフ+超望遠レンズ)システムとの違いを実体験していないので、しばらくは今持っている後者で練習してみようと思う。その店で、バードウォッチングの野鳥観察ブラインドを買ったのであるが、店長さんから、私の家は都でも有数のバードウォッチングの聖地に接していることを教えてもらった。「ラッキー!!]てな感じである。

 「鳥」の撮影は難しい。特に小さな野鳥は個体数が少ないし、すぐ目に付く身の回りにはいないから、ど素人の私が森に行って目をこらしても見つかりやしない。まず習性を知り、鳴き声を覚え、焦らずじっくり観察する忍耐が必要である。これからの冬が適期らしいので、いよいよバードウォッチング発進である。まずは体の大きな水鳥から狙うのが、常道なんだそうである。 <2009年12月記>

HOME | BIRD LIST | RECORD | LIFE LIST | PROFILE
All Rights Reserved, Copyright (C) 2009-2017 woodpecker.me